教育

格言集

 こんにちは、素浪人です。宣言通り、連日の更新です♪そして、今日の中身も宣言通り、私が壁に貼っている格言集です。本当なら添付ファイルにできればいいんでしょうけど、やってみましたができませんでした(u_u。)

 まずは最近よく登場する「プロフェッショナルへの道」。ちなみにこれは営業職時代、ほとんど毎朝(月曜日以外)皆で声に出して読んでました。

プロフェッショナルへの道
「人生は思ったとおりになる。思ったとおりにならないのはまだ思い方が足りないからだ。」

第一章プロとは何か?
第1条
 プロは誰よりも豊富な知識と経験を持つ。しかも、それは与えられたものではなく、自分の努力で獲得したものである。
第2条
 プロは何よりもその仕事が大好きである。しかし、好きなるが故に苦しみも倍加する。
 プロはその苦しみを乗り越え、向上し続けることに限りない生き甲斐を感じている。
第3条
 プロとは言い訳をしない人である。言い訳とは責任を自分以外の原因に転嫁させることだ。
第4条
 プロとは障害を認めない人である。従って、どのような障害があっても、求める必要な結果を必ず達成する。
第5条
 プロとはいかなる時も、決して弱みを見せない人である。
第6条
 プロとは決断力が早く、チャンスを決して逃さない人である。
第7条
 プロはどのように仕事をしたかではなく、どのような仕事をしたかによって、評価される。
第8条
 プロとは最終的に数字で評価され、経済的報酬で差がつく。
第9条
 プロとはどこへ行っても銭の取れる実力のある人を言う。
第10条
 プロとは常に現状における自己否定を繰り返し、自己革新を続ける人である。従って、3ヶ月経っても何の変化もなければ、すでにプロでない。

第2章アマの領域とは?
第11条
 アマはマイナスが来ると、それに輪を掛けて更にマイナスにしてしまう。マイナスをプラスに変える事のできる人をプロと言う。
第12条
 アマの領域では、どんなに上手にできてもそれは単なる模倣に過ぎない。独創性がなければプロとはいえない。
第13条
 アマは他人の批判に左右される。プロは他の人の意見を聞くが、自分で評価を下す。
第14条
 アマはこれがあるから出来ないと思う。プロはこれさえ解決できればできると考える。
第15条
 アマは変化がきた時、ダメだと思う。プロは変化がきた時、チャンスだと捉える。
第16条
 アマはいつもやり直しが効くと思う。プロはいつもこれが最後だと一期一会の精神で臨む。
第17条
 アマは見逃すことが多いが、プロは何をやってもみな仕事に結びつけて考える。
第18条
 アマは自分ができるだけで満足する。しかし、人に教えることが出来てこそプロと言える。
第19条
 アマは途中で諦め、投げ出す。プロは諦めをしらず、最後まで食らいついて離れない。
第20条
 アマは仕事以外に生き甲斐を持つが、プロは仕事そのものに生き甲斐を持つ。

第3章プロの哲学とは?
第21条
 プロはひらすら飽くことを知らず基本原則を繰り返す。創造とは、繰り返しの中から生まれることを知っているからだ。
第22条
 プロはマンネリの克服法を知っている。マンネリは自分で脱するより他に方法がないことを、そして、マンネリは自分に対する甘えから生まれたことを知っている。
第23条
 プロはもうこれで良いという限界を知らない。なぜならプロは見果てぬ夢を追い続けるロマンチストだから・・・。
第24条
 プロはどんな些細なことにも常に全力を奮って立ち向かう。
第25条
 プロは最大の敵が自分自身であることを知っている。
第26条
 プロに慣れはない。常に初心である。初心を忘れる時、堕落が始まる。
第27条
 プロは常に勘を磨き続ける。
第28条
 プロは理論武装を怠らない。
第29条
 プロには休憩がない。しかし、ゆとりは充分にある。
第30条
 プロは孤独である。誰の助けも期待しない。

第4章プロの条件とは?
第31条
 本物のプロになりたいと思う誰よりも、強い執念を持つこと。
第32条
 人よりも多くの時間を仕事のために使え。時間は誰でも同じように与えられている、平等なそして最も貴重な、お金では買えない資源である。
第33条
 説得力を身につけよ。説得の第一歩は、他人の話を真剣に一生懸命に聞くことから始まる。
第34条
 毎朝、新聞をよく読め。その中にはプロとして必要な99%の知識と話題が、そして考えるヒントがいっぱいある。
第35条
 誰よりも豊富な情報源を自分の力で集めよ。アンテナが高くなくては情報は入ってこない。
第36条
 悩むより、まず身体を動かせ。じっとしていては、妄想ばかりで知恵も出てこない。
第37条
 身銭を切れ。自分の向上のためには惜しみなく投資せよ。形ある物はいつかはなくなるが、身についた知恵はいつまでも残る。
第38条
 具体的な目標人物を身近な所で発見せよ。そして、その人に追い付き、追い越す努力をせよ。追い越したら、更により高い目標人物を目指せ。
第39条
 その専門分野について、プロはより多くの事例を持つ。少なくとも一つのテーマについて、200以上の事例を集めよ。
第40条
 少なくともプロになろうと思うのなら、三年間は全力投球してみよ。それでもダメだったら、そこで初めて諦めよ。それまでは一分間たりとも脇見をするな。

 続いて、これは当時毎週月曜日に読んでいたもの。

 

考えた通りになる

もし、あなたが負けると考えるなら、あなたは負ける。
もし、あなたがダメだと考えるなら、あなたはダメになる。
もし、あなたが勝ちたいと思う心の片隅で、
ムリだと考えるなら、あなたは絶対に勝てない。
もし、あなたが失敗すると考えるなら、あなたは失敗する。
世の中を見て見ろ、
最後まで成功を願い続けた人だけが、成功しているではないか。
すべては「人の心」が決めるのだ。
もし、あなたが勝てると考えるなら、あなたは勝つ。
向上したい、自信を持ちたいと、
もしあなたが願うなら、あなたはその通りの人になる。
さあ再出発だ!
強い人が勝つとも限らない。
すばしこい人が勝つとも限らない。
私はできる、そう考えている人が結局は勝つのだ。

 お次は隣の課で読んでて、いいなと思って拾ったもの。

本気
本気になると、世界が変わってくる、自分が変わってくる
変わってこなかったら、まだ本気になってない証拠だ
本気な恋、本気な仕事
ああ、人間一度、こいつを、つかまんことには』

 最後は、部下をもらってしばらく経ってから、自分の課の運営が上手くいかなくなって悩んでいたときに先輩社員がくれた、人の上に立つ者としての心構えで、有名な「山本五十六語録」。

 

山本五十六語録

「やってみせ、言ってきかせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」

「苦しいこともあるだろう。言い度いこともあるだろう。不満なこともあるだろう。腹の立つこともあるだろう。泣き度いこともあるだろう。これらをじっとこらえてゆくのが男の修行である。 」

 実際に現場で読んでいた当時、自分はまだ若かったですから、こんなものを読むのはなんだか宗教がかってるみたいで好きではなかったのですが、社会人を数年経験してそれなりに苦労を積み重ねますと、「本当にいい言葉だなぁ」と思うようになりました。で、その頃のことを思い出すために今は壁に貼っている訳です。

 ちなみに学校にいた頃は、まわりの先生はほとんど誰もこんな語録は知りませんでしたね〜。まぁ〜唯一「山本五十六語録」だけは知っている人もたま〜にいましたが。多分公務員になると更にいないでしょうね〜。

 私はまぁ割と本を読む方だと思うのですが、一時期哲学・思想に凝っていた時期がありました。論語や老子、韓非子、孫子等の中国思想から、ニーチェ等の西洋哲学も読みましたし、読んでもないのになぜかマルクス主義にも詳しくなっております。今現在は田舎での地元対策や役場に対してゲリラ戦を挑むべく、チェ・ゲバラなんか読んでます。(ちなみに私の中ではガンダムも思想系ですから♪目指せ!ニュータイプ!)こういう本は確かに読んでるときは難しいですが、でもそれなりに筋が通っていて面白いですよ。

 また最近では経営者の本を読むことも増えました。やはり大変苦労した経験のある方の話は面白いですし、実績を上げて成功した方々というのはしっかりとした自分なりの考えをお持ちです。いろいろな点でとても参考になりますな。

 長々と書いてしまいました。また更新頑張るぞ!ではまた。

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6年も?

 こんにちは、素浪人です。なんと久し振りの連日更新です。本日は久し振りに教育ネタでも書こうかと思います。

 なんでも、民主党の教育制度改革案によれば、教員養成期間を6年間にするそうな。

 ハッキリ言って無駄でしょう。そもそもそんなことをするのなら、各大学の教職課程が取れなくなってしまいます。「資格ついでに教員免許でも取るか」という学生も数多くいたはず。それがなくなってしまうと逆に優秀な人材が入って来ない可能性が出てくるように思われます。

 それに、実際に必要なのは勉強や知識ではなく応用や社会経験であって、長く大学にいればいいという類いのものでもないでしょう。このブログでも散々書きましたが、教える技術云々ではなく、そもそもの意識改革が必要なのですから。

 私が思うに、一番問題なのはわずか数週間の教育実習だけで新規採用になると一般企業にあるような研修もなしでいきなり一人前の仕事を要求してしまうことだと思います。いろんな意味での社会人経験も特になく、コミュニケーション能力に長けている訳でもない人が、いきなり責任重大な担任を持たされたりするのです。授業だってそうです。教育実習なんかで評価の仕方や成績の付け方を教わったりはしません。いきなり現場なのです。そして、一度一つのやり方(というか偏見)を持つと、もうそれに固執してしまうのです。もし上手くいかなければ子供の能力や親の育て方のせいにすればいいんですから。教育の現場では、一般企業に比べて「人材を育てる」という観点が少し抜け落ちているように重います。一昔前まではそれでよかったのかもしれませんが、今の若い世代はすでに学校教育の時点で一昔前より学習内容が少ないですし、他人とコミュニケーションをとるために「教養」(ある意味無駄知識ともいいますが)を身に付けよう、なんて意識だって希薄なんですから。

 もしやるというのであれば、期間を伸ばすのではなく、一般企業の研修にあたるような期間を設けるべきだと思いますけどね。まぁ〜せめてビジネスマナーくらいは身に付けて欲しいです。それと、一般企業での修行。目標設定の仕方、及び目標達成のためにはどれだけ頑張らないといけないか、を肌身で感じることです。教える技術そのものは、手探りでも意外となんとかなります。それに、教え方だって教える内容だって子供でさえ時代によってドンドン変わっていきますしね。重要なのはそれに対応した目標を設定できる能力と達成できる能力であって、専門の知識ばっかりが大事ではないと思いますが。

 やっぱり教育業界もお役所の一部ですからね〜。民間とは少し意識が違いますな。民主党ももうちょっと現場をよくみて、「最も効果をあげるためにはどうすべきか」を考えて欲しいものです。

 という訳で、また今晩もキノコ汁食べます。ではまた。

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気になる

 さすがに今日の株は反動もあってか小動きでした。今晩のアメリカ市場次第でしょう。GMがまた公的支援を求めているようですが、前にも言いましたように、もう思い切って清算してしえばいいんですよ。いくら潰してしまったら影響が大きいとは言え、点滴で生きながらえさせているだけですから、再生の望みは薄いと思いますよ。

 久し振りにこのブログのページ別アクセス数を見てみましたら、相変わらず「やってはいけない?臨時的任用職員」がかなりの上位にいます。気になる人が多いんでしょうね。今このブログを見ている人に言いましょう。臨任なんかしないでせめて非常勤にして、採用試験のための予備校に通いなさい!教員になってから臨任経験者より思いっきり苦労しますが、正規になれないともっと苦労してしまいますよ!なってしまえばこっちのものなのです。今の制度では、それが合格への近道です!私はそれで失敗しました。

 さて、そうこうしていたら大分県の教委汚職事件で、県教委ナンバー2の富松元審議官に有罪判決が言い渡されました。

 判決理由はともかく、気になるのは、これは本当は全国的にもっと大きな事件になるはずだと思うのですが、大分だけで終わってしまっていることです。大分を見せしめにして終わりにしようとしているように思われます。おかしいですよね〜。あれだけの地域で「問い合わせ」があったということは、更に突っ込んで調べれば口利きがあったのは明白だと思うんですが、大分以外どこも出てきません。不正がまかり通っているままだとしたら大問題ですのに、マスコミも反応薄いですもんね。いろんな意味で気になります。

 ついでに細かいことですが、私はやっとのことで身の振り先を決めた訳ですが、学校関係の方は誰一人「おめでとう」とか「頑張って」といった前向きな言葉をくれません。下手すれば返事もありませんからね。普通に考えれば仕事探しに苦労して80社以上落ちた人間がようやく仕事決まれば、せめて何かお祝いの言葉一つもくれてもいいじゃないですか。「使い捨てできる便利な駒がなくなった」くらいに思ってるんですかね。それとも、一年も浪人してお金もなく世間にも見捨てられ打ちひしがれた、どう見ても頼りにしてはいけない、むしろ支えるなり励ましてあげなくてはいけない身分の私を未だ頼りにしようとでも思っているんでしょうか。その考えに振り回されたせいで私は浪人せざるをえなかったというのに、いい迷惑です。勝手な価値観を押し付けられるのはもうこりごりです。

 さて、そろそろ引っ越しに備えて段ボール箱を集めないといけません。今日物置きを整理して空き箱を探し、ついでに自分の置いていく荷物の分のスペースを確保しました。が、今日来るはずの電話が来なかったんですよね〜。物件の写真も送ってくれるように頼んだのですが、来ておりません。写真撮るの大変だったかな?でも早くしないと日取りが決められないし… 明日は多分片付けでシュレッダーとお友達になりそうです。ではまた。

P.S. アメトーークDVD、現在3巻目を見てます。「中学のときイケテないグループに属していた芸人」最高です!特に最後、「あの頃の自分へ」のメッセージコーナーで、麒麟の川島さんのコメントが秀逸でした。「中学の時の俺、自分のことを不幸だと思っていると思うが、気にするな。10年後、君よりもっと不幸な奴が君の相方になるぞ。」には爆笑してしまいました。

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ダメダメ

 今日はひどい嵐。結局ほとんど家から出られず、一日中引きこもり状態になってました。犬も散歩に行きたがらないので、とりあえず運動不足解消に腹筋をやってました。

 WBC準決勝第1試合は韓国の圧勝でしたが、それよりもベネズエラがひど過ぎです。なんでしょうかあの守備は?まるで韓国にいくらかもらったのではないかと思われる程、特に初回なんかはやる気なかったですよ。いくらなんでもメジャーリーガーの集まりなんですから、本格的にダメダメでしたね。

 それともう一つダメダメ話を。非常勤講師をしてた頃に同じ職場で働いていた先生がいるんですが、この先生、当時からいわゆる指示待ち族ってやつで言われないと動かない。年度末、私に相談に来たんですが、その内容が「人を相手にするのが苦手なんですが今後どうしたらいいでしょう」という、およそ教師には向いてないんじゃないか、というものでした。

 その頃は新卒だったのですが授業力・指導力がなく、私立の中学生相手に授業崩壊を起こして保護者から苦情をもらい、それでもその後公立高校の臨任を経てから採用試験に合格して昨年から正規教師になり、いきなり担任をもったのですが、相変わらず自分で苦労してなにかする気がないようで、現場を離れているこの私にちょくちょく相談メールを寄越すのです。現職の正規職員が無職の人間に仕事の相談するっておかしいと思いません?その先生はもう教師歴だって丸々3年あるんですよ?まわりにいくらでも相談相手がいるでしょうに。多分性格的にまわりに相談することができないがかといって自分で苦労するのは嫌なので、それで私を頼りにするんでしょうな。

 で、その先生、また今日もメールを寄越しまして、「私の学校が臨任とるんで来てくれませんか」ですって。もう頼る気満々です。もちろん断りましたよ。かなり苦労しているようでしたが、しかし配属されたのは全く荒れていない、地域でもかなり優秀で教師からすれば楽な学校なはずなんですよ。そんなところで泣き言いってるようじゃ、ダメダメです。

 私の感じですが、最近の若い先生はどうもこういうタイプが多いですな。言われないと動けない。本当は言われる前に気が付いて動いてなくてはいけないんですが。ちなみにその先生は教えるのはダメでも勉強はできるので、複数の地域で採用試験合格してました。多分どこの地域もそういう人畜無害そうなタイプを選んで採用してるんでしょう。人を相手にするのが苦手なタイプを選んでるんですから、そりゃおかしな先生が増えて当然です。

 さぁサムライジャパンは対アメリカ戦です。頑張れ日本!ではまた。

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小中一貫2

 本日は寒い中、新たに塾の試験に行って参りました。手応えはいつもの通りです。あまりありません。

 そうそう、最近ペニーが私のマッサージを気に入ってしまい、毎晩首・肩・腰を指圧してやってます。ちょっとしたエステですな。やってやるとかなり気持ち良さそうに「ハウウ〜♪」と喘ぎ声をあげておりますが、毎晩やらされるこっちには結構な労働です。

 さて、たまたま夕方のNHKのニュースを見ていたら、横浜市の小中一貫の取り組みが特集で紹介されておりました。横浜市は不登校がかなり多く、その原因の一因として「中一ギャップ」があるとして導入を決めたようですが、相変わらずあそこの委員会はヒドイですね〜。番組中のインタビューを注意深く聞いておりましたが、「各学校のケースに応じて対応」、要は「現場に丸投げ」でした。

 アナウンサーの方も質問してましたが、明らかにどう見ても中学校側の負担が大き過ぎです。理科や英語の教師を派遣するとか言ってましたが、番組の中で登場した英語科の先生も言ってましたが、そんな余裕はないはずです。番組では実験校の紹介をしていたのですが、そこは小学校と中学校が隣り合っていましたので移動も連絡もスムーズでしたし、一対一の関係でしたが、広い横浜市では一対多のケースの方が多く、そうそう上手くいくとは限りません。その対策のためのやり方も一部紹介しておりましたが、機能するとは思えなかったですね。以前このブログでも言いましたが、そんなことより中学校の場合まずは普通の授業時数が少ないんですから、そっちを考えるべきです。

 確かに不登校の問題は深刻ですが、「中一ギャップ」があるというのなら、中学に言っても苦労しないように、まずは小学校の教育内容をもっと充実させるように取り組むべきでしょう。ただでさえ授業時数が少なくて理解させるのに苦労するんですから。

 ただ、部活なんかで交流するのはいいかもしれませんね。人間関係づくりには役立つでしょうし、少し厳しい練習をして心と体を鍛えるのは効果があるでしょう。中学校側にしても、有望な子供に早くから目を付けられますし。気を付けなければならない生徒の情報はすでに生徒指導を通じて学校間で交流しています。

 どっちにしろ中学校では混乱するんだろうな〜。かわいそうに。合掌m(_ _)m ではまた。

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思い出しました第3弾!

 まだ今日は2月12日。火曜日の結果が判明するのが18日以降。長いです。毎度のことですが、待つのがもっとも嫌な時間です。

 さてさて、ページ別アクセス数を見ると、トップページを除いて「やってはいけない臨時的任用職員?」がナンバーワンとなっております。なぜか教育ネタを書くとアクセス数が増えるんですが、このネタはダントツです。臨任がどれだけ苦労しているか知りたい方は、「りんりんマガジン」をみることをお勧めします。全国の臨任の先生がもがき苦しみながらも頑張っている様子が生き生きと伝わってきますよ。

 で、第3弾です。昨日子供の話を書いたので、笑える(?)実際にあった話を書こうかと思います。

 あれはある学校での校外学習で、鎌倉に行ったときのことです。もちろん事前学習をしっかりやって、綿密なスケジュールをたてさせ、当日「いざ鎌倉!」となりました。子供たちも大凡スケジュール通りに行動し、最後鎌倉駅で最後の班を見送った後で事件は起こりました。

 我々教員は最後の班を改札で見送ったところで安心し、「やれやれ」と缶コーヒーを飲んで少し休憩し、「さて学校に戻りますか」とホームに上がりましたら、なんとさっき見送ってすでに電車に乗っているはずの子供たちがそこにいるではありませんか!それも一つどころか三つ四つの班がいるのです!

 「お、お前たち、ここで一体何してるの?」と聞いたところ、「さっき恐そうなおじさんにここにはグリーン車が来るからお前たちは乗るなと言われたんです。それで、グリーン車じゃないのが来るのを待ってたんです。」と真顔で言うではありませんか!

 「おいおい、ここにグリーン車が停まるってだけの話なんだから、ホームをちょっと移動すればいいだけの話じゃないの。」と子供たちを普通車の乗り場の方に連れて行き、次の電車が来ました。「やれやれこれで一安心。」と思ったのも束の間、ふとホームを見ると、まだ子供たちがホームにいるではありませんか!

 慌てて飛び下りて、「お前たち、なんで電車に乗らないの?」と聞きましたら、「え?だってこの電車千葉に行っちゃうんじゃないの。」………(・_・)エッ....?

 そう、つまりこの学校の子供たち、信じられないことに電車の乗り方を知らなかったのです!行きは調べていたので問題はなかったのですが、帰りは「行きの逆にすればいいんだ」と考えていただけで、時刻表は調べていたのですがどこ行きの電車に乗るか調べていなかったのでわからなかったようなのです。

 最初は冗談かと思いましたが、あの駅での整列具合からして本当だったみたいです。中学2年生ですよ!それも一人や二人じゃないんですよ!私は心の中で絶叫しました。「アリエネェ〜ッ!」

 ここまで来ると、もう学校の教育の範囲外ですね。一体家庭で日常生活どうやって送ってきたんだろう?と不思議で仕方がありません。モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

 最近の学校の先生って本当に大変なんですよ。ではまた。

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思い出しました

 アメリカの上院で景気対策法案が可決されました。結局共和党の反対もあって、少し縮小したものになっています。ジョージ・ソロスなんかは「とてもこんな規模では足りない」と言っているようですが、私もそんな気がします。現在一般の方が車のローンも組めない程、信用収縮がひどくなっているのですから、とにかくお金が流れるようにしないとこの景気悪化は止められないと思います。

 さて、タイトルにある「思い出しました」とは何のことかと申しますと、先日サポート校に面接に行ったら以前いた学校の校長の知り合いだったということを書きましたが、段々と「そういえばあんなことあったな〜。」というのを思い出したので、徐々に書いてやろうかと思います。今日はその第一弾。

 とある学校で、少人数でやるために一学年を私を含めて3人の教員で受け持つ、ということがありました。そのうちの一人が教科主任だったんですが、この方は同時に初任指導担当ということで、週に2回よその学校に出張に行くことになっておりました。

 教員の方ですとお気付きになるかと思いますが、本来ならこの時点でおかしいんです。初任の指導員になったら授業持ってはいけないんです。初任の先生に付いてあげなくてはいけないからです。なぜに授業を持つことになったのかはよくわかりませんが、校長が許してしまったようです。

 そんな訳で、授業は私が中心にまわることになったのですが、これが大変。まず、その先生が出張のときは合同で私が受け持つんですが、その方、事前の打ち合わせを無視して勝手に授業進めちゃうんです。こっちは予定通りにやってるので、次の合同のときにやるネタに困ります。

 更にその方、段々確信犯的になってきまして、そのうち「見たい授業があるから。」という理由で授業をしないで出張に行ってしまうようになりました。それだけではありません。ALT(外国人の先生)の授業のときには学校にいるにもかかわらずなんだかんだ理由を付けて来なくなってしまいました。3人のうちのもう一人の先生も来なくなってしまったので、ALTのときは、私一人で対応することになってしまいました。秋が過ぎる頃には、その初任指導員の先生は週に2〜3コマしかやらなくなってしまいました。

 それでいて、教科主任の自覚だけはあって、成績は自分で全部つけようとしたのです。つまり、子供のことも見てないし授業もやってないのに成績つけようとしたのです。特にもめたのが「関心・意欲・態度」の観点。半年に一回、全生徒共通で「スピーキングテスト」というのをやったのですが(それも一人1分のテストですよ)、「これしか共通の判断材料がないから」とかいって、それだけで成績つけようとしたのです。このテストにしたって自分のお気に入りの生徒のときはほとんど解答を教えてしまっているようなヒントを出して誘導尋問をして、えこひいきをしていたのです。つまり半年分を1分間で評価しちゃおうとした訳です。普段の授業態度もなにもあったものではありません。

 もしそんなことで成績をつけてしまったら、もし保護者から問い合わせがきたとき、誰がそれに答えると思います?その問い合わせのときにその先生が出張でいない可能性は極めて大です。そうなれば間違いなく普段授業で接している私でしょう。難儀を背負い込んでしまうのは私です。

 そうなることを恐れ、危険回避のため私はなんだかんだ言って抵抗するその先生をうまいこと丸め込んで成績一覧表を取り上げ、大幅に修正して出しました。更にその先生のすごかったところは、根拠のない数字をつけてしまうのです。例えば小テストなんかで欠席してたりしますと、「みなし」で点数つけるんですが、そのつけ方も「多分この子はこの子と同じくらいの学力だからこれくらい」でやっちゃうんです。最近の授業での様子なんて全然見ていないのにですよ。もちろん好き嫌いも入ります。どの子が好きか嫌いかもすぐわかります。”ちゃん”付けで呼ぶ子はお気に入りで、名字呼び捨ての子は嫌いな子です。成績のつけ方も甘いし、すごいのは途中で勝手に評価基準を変えてしまったりしておりました。もちろん私が後で直しましたけど。

 なんでその先生はそんなことができたかというと、もしその先生が初任の指導員でなければ私は多分臨任ではなく非常勤講師になっており、給料が倍くらい違っていた上に、採用試験で臨任の経歴は優遇される、という事情があったからです。私は明らかに立場が弱い。しかもその方は校長のお気に入りじゃないかという噂もありました。校長は教科の部会の役員で、権力を持った人でしたし、その方はその校長の推進する形式の授業を取り入れて初任担当になったのです。ですので、授業をやらないその先生のことを校長に相談したくても、どうなるかは目に見えておりました。

 だいたいその先生がなにかしらお願いに来るときは、「ね、先生♪」といつも「ね」がつくのですぐにわかりました。「あぁ、また”ね攻撃”か。」と。私は密かにその先生を「姫様」と呼んでおりました。多分校長も姫様の「ね♪」にやられてしまったのでしょう。

 しかし実際困っているのは私でかつ不利益を被るのは生徒たちなので、学年主任に相談しました。「わかった。じゃあ俺が言っとくよ。」と言ってくれたんですが、結局出張でいないので、言う暇がなかったみたいです。でも主任はいつも私のことを見ていてくれ、相談に乗ってくれ、呑みに連れて行ってくれて愚痴を聞いてくれました。主任は姫様のこの状態を知っていたので、翌年に進路を控えて成績でもめるのは避けたいと思ったのでしょう、年度末に校長に直接「あいつを残してくれ。」と私のことをお願いに行ってくれました。結局残れませんでしたが、とても感謝しております。

 この話、もちろん実話です。姫様については他にも色々あるんですが、この辺にしておきましょう。姫様に限らず、学校は訳の分からない人は結構います。一つ言えることは、成績は納得がいかなかったら評価基準からなにからとことん質問することです。また学校ネタで思い出したら書きます。ではまた。

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小中一貫

 こないだから書こうと思っていた、横浜市が発表した小中一貫教育についてようやく書こうかと思います。

 まずはこちらを見て下さい。↓(見にくかったらすいません)

       月      火      水      木      金
第1時                  2ー3     3ー1     道徳
第2時          選択英語    3ー2     2ー1     2ー2
第3時    3ー1     3ー3    3ー1    2ー2     2ー3
第4時    3ー3   教科打合      2ー3     2ー1
第5時    3ー2      2ー2            総合        3ー3
第6時                 2ー1            総合   

 

 これは昨年度、私が受け持っていた時間割です。ちなみに一学年3クラスの小規模校、私の教科は英語で、少人数もしくはT.Tでやっていました。私は2・3年生を担当していましたが、総合的な学習の時間と道徳の時間を入れて週21コマこなしていました。副担でしたので道徳は必ずしも受け持つとは訳ではありませんでしたが、いろいろと作業させたり発表させたりすると担任の先生一人では負担が大きくなるので、なるべく教室にいるようにしていました。総合的な学習の時間は必ずいました。こちらは学校や学年によって副担の負担は変わるかと思います。もちろん担任となれば学活だのなんだのも入ってさらに授業時数は増えます。もっとも、毎日6時間という訳でもありませんが。

 英語や数学に関して言えば、現在どこの地域でも少人数や習熟度別、またはT.Tでやるのが増えているので、私のコマ数は英語科としては多い方ではありません。また同じ理由で大規模だろうと小規模だろうと、授業コマ数はなんだかんだ言って多いのです。そしてこのスケジュールの中で授業の準備(教科や総合等)や予習をし、提出物をチェックしたり、その他の仕事を終わらせなくてはなりません。放課後はこれに部活も入ります。

 さて、横浜市は全校で小中一貫で行うことを決めました。目的は、連携を深め情報を共有化すれば不登校が減る(ちなみに神奈川県(横浜と川崎含む)は不登校生徒数全国一)、来るべき小学校英語のために中学から教師を応援に派遣する、理科の補助、中学で学習の遅れている生徒への小学校からの支援、体育祭や文化祭等行事の合同開催、小学生の部活動参加、等々述べております。

 しかし例えばではありますが、私の時間割を見ればわかる通り、小学校に応援に行く?そんな時間がどこにあるというのでしょう?少人数やT.Tは文科省や教育委員会が推奨しているのです。もし小学校へ行くとなればもちろん時間ギリギリに行く訳にはいきませんし、移動にも時間はかかります。中学で2時間目が終わってそのまま3時間目は小学校で授業、という訳にはいきません。

 それに学校によって、時間割だって違います。というのは例の連休を作るための法律改正により、スライド式(つまり日によって違う方式)で時間割を運営しているところと曜日による固定で運営している学校があり、それは学校により違います。この中で摺り合わせようとすれば無理が生じ、どちらかの授業時間が削られる可能性があります。例えば中学校1校に学区の小学校が3校だとすると、英語で各校に週1支援に行くとなると、3人はそちらに取られる訳で、その時間の前後2時間は授業入れられませんから、それだけで本職であるはずの中学で、こなせる授業数が減ってしまいます。前にも言いましたが、ただでさえ授業数は足りていません。いくら総合的な学習の時間を減らしたって、そのための余分な空き時間を作る余裕はないのです。本末転倒ですよ。

 部活だって、小学校と中学校では授業の終わる時間は違いますし、そもそもその場合、例えば移動の最中にケガなどあった場合、責任の所在はどうなってしまうんでしょうか。

 逆の場合でもそうです。小学校から中学校へ支援に行くって、いつ行くんでしょう?当たり前ですが、小学校は下校までずっと生徒の相手をしなくてはいけないんです。しかも中学校と違い副担任とかはいないので、余剰人員はいないのです。放課後だって仕事があります。

 小学校と中学校の連携とか言ってますが、情報の共有化は前からやってます。ま、小学校と中学校の先生同士で交流がないのは事実ですし、たまに仲が悪いなんて噂も聞きます。また行事の合同参加といっても、じゃあその準備はどうするのでしょう?もしくはさっきの例で言えば、4校の生徒が一緒に体育祭なんてやったら、競技種目が多過ぎて一日では終わりません。下手をすれば徒競走だけで半日終わってしまうのではないですか?何のための行事だかわかりません。一体感もへったくれもありませんな。

 多分、こうした問題をどうするか、なんて具体的なことは考えずに、世間的なイメージだけで見切り発車したんじゃないでしょうか。どうせ現場に丸投げしちゃってなんとかやらせればいいや、と。小中一貫なんて聞こえはいいですし、恐らく一般の方は私学のようなイメージを持つかもしれませんが、しかし実際は公立校では全然違いますし、今述べた通り課題は山積していますが、どうせ委員会は解決の手立てもろくすっぽ示していないでしょう。

 横浜市はど〜もそういうところがあって、2学期制なんてその典型じゃないですかね。2学期制導入のときも、まず「導入ありき」で試行校で始め、その効果を検証しないですぐさま翌年全校に導入しました。ちなみに当時の説明も、いいことしか言わない。デメリットは一切言いません。定期試験の回数が減る分子供が成績を上げるのが大変になるとか、進路のとき技能教科や選択授業は下手すれば後期で3、4回しか授業してないのに成績つけないといけないとか、高校生にいたっては公務員試験を受けるときに成績証明が出せないとか(試験は夏にあるため前期の成績が出ていない)、デメリットはいろいろあるのに一切触れませんでした。

 またこれで現場が混乱するんじゃないですかね〜。これのせいで各学校はまたつじつま合わせのためにまたこっそり授業時数削るんでしょうか?そんなことをしたら先生の負担は更に増え、子供の学力は低下します。いい加減話題先攻の考えを捨てて、もっと子供の学力を上げるために、現場をよく見て現場の話を聞けばいいのに、と思います。子供も先生もかわいそうです。

 そんなことだから採用試験の倍率が落ちるのです。試験の申し込み人数は多いのに、欠席率がかなり高いのは、こういったことがあるから敬遠されてるのではないでしょうか。同じ日に試験を行う隣の川崎市なんかは欠席率は非常に低いんですよ。そろそろ自分のことに気が付くか、やり方を考え直した方がいいのでは。民間の優秀な経営者は誰もが皆「現場重視」を言い、それを実践してますよ。

 ま、私は部外者なので、外野でヤジ飛ばすだけですけどもね。ではまた。

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うぅ、寒〜っ

 いや〜、昨晩から寒いのなんの。たまらんですね。特に夜が寒いとペニーが年齢のせいか頻尿になって、30分おきくらいにトイレに行きたいとアピールするので、付き合うのが大変です。ですが、私もトイレが近いので、気持ちはよくわかるので付き合ってあげてます。

 さて、本日会社を受けてきました。昨日申しました通り、塾です。説明会の後、いきなり模擬授業となりました。不思議なことに、塾で模擬授業やるのは始めてでした。今までは教室長が多かったためか、面接ばっかりでした。授業やらせてもらえればそれなりになんとかなるので、まぁまぁの出来だったと思います。その後の面接で、とりあえず非常に安定していてコミュニケーションの取り方も上手い、と言われました。そりゃまぁ、それでこないだまで給料もらってましたからね。

 いろんな塾に行ってみて思うのは、残念ながら学校より塾の方がエネルギーと意識が高い、と感じられることです。塾はあくまでも「サービス業」と割り切っている部分がありますし、そして何より数字意識が強い。数字意識が高いのでサービス(授業)の質にこだわっている、という点が大きな違いでしょうか。もちろん、文科省なんていう、保守本流みたいな役所の縛りを受けていない、というのが大きいのでしょうが、企業として、その利点を最大限に活かそうという意欲が感じられます。

 そういう意味で、昨日も触れましたが学力テストの結果を公表することは意義があると思うんですよ。格差が生まれる?いいじゃないですか。不幸にも下の方になってしまったら、上に這い上がれるように学校全体で努力すればいいんですよ。過当競争を煽る?この場合、競争するのは子供でなくて学校です。子供に学力を身に付けさせる、子供の学力を上げる、それが教師の主たる仕事でしょう。いくら公教育だからといって、甘えてはいけません。数字意識を持つから、さんざん苦しみ抜いた挙げ句、よい結果が出るのです。苦しんだっていいじゃないですか。民間と違って身分は保障されているんですから。

 いかんいかん、また文句になってしまった。今日はこの辺にしときましょう。ではまた。

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いいじゃん別に

 結局サンタさんは私にプレゼントを持ってきてくれませんでした(;ω;)応募した企業からは不採用の返答ばかり。面接の案内がくるのは、全員集める説明会のものだけです。一応明日の夜、塾講師で一件入ってますが、あんまり期待はしておりません。

 さっきネットでニュースを見ていましたら、学力テストの結果公開について、塩谷文科大臣が法的規制を考えるかも、という発言をしておりました。

 秋田県などでは思い切って市町村別平均正答率を公開したそうですが、学校別でもないのに反対する理由がよくわからないですね。

 それぞれの市町村の教育委員会は、自分たちで地域の教育目標を決め、それに基づいて方針を決めております。方針が違うんですから、成績だって違いがでるのは当たり前のことと思います。

 それで結果が悪いのであれば、方針が間違っていたということで、やり直せばいいだけの話です。ところが、それができない。お役所ですから、一度決めたことは例え間違いだとわかっても変に自尊心がたかいせいか、すぐには変えないのです。これは国も同じです。「ゆとり教育」なんて、その典型でしょう。

 そんなことすると、結局一番の被害者は子供です。学ぶ機会が失われてしまう。いくら学校選択制にしたところで、選択肢は限られているんですから、まずは大本がしっかり柔軟に対応しないと困ります。

 一部市町村にそれをされると、全国の委員会が困るからそんなこと言うんですかね。やれやれ。ではまた。

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なに考えてるんだかわけわからん

 明日はクリスマス・イブですね。浪人の私には関係ない記念日です。世間の風も厳しいようで、そんなニュースばっかりです。

 昨日のN.Y.と今日の中国株は下げました。香港はかなりの下げです。トヨタとは関係のない要因で下げたのですが、このままでいくと明日の東京も不安です。

 さて、昨日からテレビや新聞で話題になっておりましたが、高校の学習指導要領が改定され、学習内容を増やすようです。私が担当していた英語にいたっては「英語の授業は英語で行うことを基本とする」などと明記されまして、従来の文法中心から会話への転換を図るつもりのようです。

 私は中学・高校と両方教えましたからよくわかるのですが、今まで中学と高校では教え方に一貫性はありませんでした。そもそも目的が違います。中学では(今話題の小学校も同じですが)基本的に「コミュニケーション」という観点で教えております。これに対し、高校は「受験対策」です。「読み」「書き」が中心です。

 それに高校は義務教育ではないのです。中学の場合は建前的には「全国の子供に同じ学力をつけさせる」となってますので、個人の学力格差は関係なく、同じ教室に入れてしまいます。しかし高校は同じような成績・学力の生徒を選んで集めているんですから、当たり前ですが学校によって学力に差がかなりついております。ですから、学校によって教え方だって違ってくるはずなのです。全国一斉に同じことをやる中学校とは明らかに立場が異なります。

 確かに、今のままの授業だと、英語のできない生徒を大量生産するだけでしょう。私の感想ですが、特に高校は旧態依然とした教え方の先生が中学よりも多いような気がします。といって、中学だってあんな甘ッちょろい成績の付け方してたらやはり出来の悪い生徒を大量生産するだけだと思いますがね。

 ただ、抜本的に変えたいのなら、やはり大学入試の制度自体を変えないとダメでしょう。例えば現在ではAOや推薦入試で面接試験が増えてるのですから、英語で面接試験を課すとかしないと、高校側だって評価されるのは進学先なんですから、「やれ」といわれて「はいそうですか」と言う訳にはいきません。結果を出さないといけませんから。

 ですが、今回はそういった事情を全く考慮せず、いきなり改訂したのです。要はお得意の「丸投げ」ですな。理念先行で現実認識ゼロ。高校間の学力格差や大学入試制度なんて一切考えず、一律に変えようとしたのです。そんな仕組みを作ったのは国なのに。

 先生方だってかわいそうです。いきなりやり方を変えろと言われても教科書から何から全てが変わらないと全てが「個人の工夫」と言う名の「丸投げ」にされてしまいます。それと、この改訂を迎えて英語科の教員の能力にも疑問が持たれているみたいですが、正直それは確かにあります。ある年代以上の先生で、英語があまり話せない人は確かに存在します。使う場がなかったから、錆び付いてるんでしょうな、きっと。私が以前勤めていた中学でも、ALTの授業になるとなんだかんだと理由を付けて私に一人に任せて授業に来ない先生が複数いました。

 ちなみに私は旅先で鍛えられたおかげで日常会話に毛が生えた程度は不自由しませんので、一人でやらされても平気でございました。それどころか、一時期は学校生活全般に関してALTの通訳をやらされておりました。ご丁寧に机もわざわざ隣にされてました。(同い年のかわいいイギリス人のお姉さんだったので、むしろ喜んでやっておりました。たまにブラジャーの隙間が見えちゃったりして困りましたけどもheart04今頃どうしてるかな〜。)

 話が逸れました。とりあえず、自分達でシステムを作り、かつ完成させておきながら突如としてそれを否定してさらにその後のことを現場に丸投げする、その神経が私には全く理解できません。もう全国一律でなんてできる訳ないのに、なに考えてるんでしょうね。

 芯がしっかりしないと全部が揺れます。加害者:文科省、被害者:その他全員なんてことになりかねませんよ。まぁ、私はもう知りませんが。ではまた。

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教科書倍増?

 今日の株はボチボチでした。(仕事はサッパリですが。)自虐的になる今日この頃ですが、以前サーチナでアンケートに応募したら当選して、チャートの勉強本が送られてきました。もう一回ちょっと勉強し直そうかと思っております。

 腹いせに(?)また教育ネタでも書こうかと思いますが、ニュースによると教育再生懇談会が教科書のページ数倍増を提言したそうです。

 そもそも麻生首相はこの懇談会に乗り気でないようなので、提言したからといって採用になるとも思えませんが、仮に採用されても現場は困るだけでしょう。

 確かに今の教科書は中味が薄い。中学一年生の英語の教科書なんかほとんど絵本です。一年もかけてやるほどの中味ではありません。ですが、今までそれで充分でした。どういうことかというと、「ゆとり教育」ということもあり、基本的に授業時間の絶対数が少ないからです。というより、やるべきことが増えてしまって(例えば英語だったらAETとか)、むしろ足りないくらいだったのです。

 以前も書きましたが(タイトル:「指導力不足」参照)、どの学校も年間35週で主要5教科は最低週3コマ、つまり年に105コマどの学年どのクラスでも授業をやることになっています。しかし、実際はそんなにできる訳がありません。学校行事や進路や校外学習(修学旅行など)で、かなりの日数喰われてしまいます。多分平均で年間90コマ前後、少ないと80コマそこそこになってしまっています。

 普通に考えれば、そんなことは保護者でも行事予定表をみれば学校経営計画と実際の授業数でかなりの差があるなんてことは気が付くことです。しかし実際にはやっていないにも関わらず、教育委員会への報告では105に近いコマ数やっていることになっています。最近では各学校はホームページに学校経営計画を載せていますので、試しに見てみるといいでしょう。どこも105コマやることになっているはずです。

 いくら悪名高き「総合的な学習の時間」を削ったところで、せいぜい増えても週に2時間です。それを5教科だけで割り振ったとしても、2週間に1時間もありません。また、今年から体育の時間数も増やすことになっています。そもそも学習内容を増やしたところで、週休2日制の今の枠組みの中では、どんなに授業に工夫を凝らそうともそんな量を教え込む時間はないのです。それをやれと言われてもハッキリ言って無理でしょう。

 いや、やろうと思えばできなくはありません。が、授業のスピードを上げれば上げる程、生徒の理解度は格段に落ちます。できる子だけが授業に付いていけて、格差が増々広がるだけです。それこそ提言の意図と本末転倒でしょう。

 要は、懇談会の委員も現場をわかっていないのです。先進的な教育の研究をしている大学の付属校なんかでも、授業時数を稼ぐためにむりやり45分授業で6時間にして、バンバン進められようにしているという話も聞きましたし、私立などにいたってはこっそり技能教科をやらないで主要5教科に振り替えてしまっているところもあります。以前全国の高校で世界史の未履修問題が話題となりましたが、実は中学は単位制ではないため、それでも卒業できますし、やってない教科があっても罰則がないのです。

 理念先行で聞こえのいいことばっかりやろうとするから、現場は混乱するし、効果は上がらないし、効果が上がらないから責任の擦り付けないになってまたモメるのです。自分の世界で話を進めるのがいけないのです。自分の学校だけならいいですが、国単位なんですから。

 結局塾に頼るしかなさそうですな。現場重視にしないと、勘違いは永遠になくならないでしょうな。子供たちがかわいそう。ではまた。

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部活

 昨夜N.Y.市場が下げたにもかかわらず、今日の中国株は上がりました。それもまた大幅高♪ここのところ急激に復活してきております。特に資源株がいいですね。もう後ふた頑張りくらいしてくれると買値に戻るんですけどね。昨日も言いましたが、どっかの国の自民党御都合主義の景気対策とは違って、かなり効果が期待されております。

 久し振りに教育ネタでも書こうかと思います。なぜか教育ネタになると妙にアクセス数が上がるので、よっぽど皆さん関心あるんですな。というより、あまりに閉鎖的で外に出てない情報が多過ぎる気がします。一応私は情報を流してそれに対する批判はしても、必ず対案を出すように心掛けております。

 で、今日(12/10)の読売新聞の夕刊に、一面にでっかく「東京都内の学校で年間200あまりの部活が休部・廃止になっている」という記事が掲載されておりました。

 内容はともかく、実は世の中でまかり通っている勘違いがあるんですが、そもそも部活と進路というのは教員の仕事ではないんです。「教育」ですから、あくまでも教え、育てるのが仕事であって、部活は規定外なのです。進路もそう。進路「学習」はしますが、あくまで進路を決めるのは子供であって、建前では義務教育以降に関しては自分でやれ、ということになっています。

 実は、本来どちらも対教育効果が高いのでやっているだけなのです。本業ではありません。特に部活は、扱いは非常に不明確なのです。まず、やってもやらなくても給料は変わりません。それどころか、例えば仕事終わりが5時だとしても、部活の終了時刻が6時だとすると当然それまでいなくてはなりません。もちろん残業代なんかありませんし、土日も関係ありません。

 しかも全く専門でなくても、一度引き受けてしまったら(というか引き受けさせられることのが多いですが)とにかくやらなくてはなりません。子供も保護者も、当然上達したいですし、質の高い練習や試合結果を求めます。自分の仕事外でしかも専門外、やる気の有る無し関係なくやらされ、しかもやってもやらなくても給料は変わらない、土日もつぶれて自分の家族さえ面倒見れない、さらに生徒が怪我でもしたら大問題、となれば引き受けたくなくなるのも当然でしょう。だって、義務じゃないんですから。特に若い先生は権利意識は高くても余計なことをするのを嫌がる傾向にありますし、または弱っちくて部活に耐えられないような人もいます。(多分そういう人を選んでるんですな。)かといって専門外でも意欲的に引き受けたとしても、その部活や競技について勉強する時間はありません。いきなり本番にならざるを得ないのです。

 採用する側だって、部活の競技にまで気を使うのは無理です。まずは授業ありき、なんですから。(それでさえ気を使っているかは疑わしいですが。)当たり前ですが転勤だってあります。それに部活動を仕事扱いしてしまうと、その分やってる人とやってない人との差を付けるために別途手当を支給しなくてはなりません。そんなことしたら莫大な経費がかかってしまいます。私がいた地域では、土日なんか4時間以上やってようやく1200円ですよ。それ以上何時間やってもそれ以上はでません。これじゃ練習試合の交通費にもなりません。

 もちろん、熱心にやれば対教育効果は絶大です。子供へのアプローチ方法が一つ増えるというだけでなく、子供とそれだけ長く一緒にいる時間が増えるんですから、それだけお互い理解し合える機会が増えますし、いつもと違う子供の一面を見つけることもできます。そうすれば人間関係だって作れますし、自分の想いを伝えやすくなります。子供だって、友達も増えますし勉強以外で目標ができますし、そうすればやりがいある人生が送れ、道を外す(荒れたり、逆に不登校になったりする)確率も減ります。

 ですが、それに見合う待遇は全くありません。もうちょっとなんとかしないといけないのでしょうが、これはどうしようもないでしょう。お金を出したらよくなる、という類いの問題でもないのです。せいぜい生徒と保護者になんとか理解してもらって、部活の数を減らすくらいしかないでしょう。それだって結局は人材次第になっちゃうと思いますが。

 それが嫌ならいっそのこと部活動を廃止して、Jリーグみたいに全部地域のクラブ方式にすればいいんです。その方が地域で指導者だって育つし、指導者による存続の問題なんてありえないでしょ。それに学校が便乗すれば、丸く収まるはずです。責任だって学校としては取らなくていいし、かかわろうと思えば生徒とだってかかわれるようになれますし、なにより先生の負担が減ります。先生が個人の立場で好きでかかわってる、という形にすれば、手当だって支給する必要はなくなります。

 ですが、代わりに部活という学校の個性がなくなるわけで、学校選択制がさらに複雑になる可能性はあります。なにはともあれ、まずは部活の位置付けからハッキリさせないと、この問題は永遠に続くでしょうな。まぁ、もう私は知ったこっちゃーありませんが。

 

長くなってしまいました。ではまた。

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不信感

 ようやく今日、昨日このブログで触れた「サッチャー回顧録」を読み終えました。いや〜、手強かった(;´Д`A ``` 次は気楽に新書でも読もうかと思ってます。

 さて、今回のタイトルは「不信感」なんて平和じゃないタイトルですが(そもそも性格がひねくれてるという噂もあるが)、久しぶりに教育ネタです。なんだか教育に関する話とか暴露話とか裏話とかの類いを書くと、妙にアクセス数が増えてるんですが、少しは反響あるんでしょうか。まぁ、どうせ誰も見ていないことを前提にしているんで、ど〜でもいいですが。

 昨日だったか一昨日だったか、以前このブログでも書いたことのある(2008.11.04.の記事”寒う〜”)神田高校の話の続きが新聞に掲載されておりました。内容的には結局入学希望者はいないこと、連絡さえつかない生徒がいること、調査した結果他校でそのような不公平な試験が行われたとの報告はなかったこと、等でございました。「どうせ来ない」ことを前提にして対処してたんでしょうから、全ては筋書き通りですな。

 私は基本的に教育委員会なんて組織のことをこれっぽっちも信じていないので、これだってまともに調べたのかは疑問に思ってます。私の委員会に対する不信感の一番の原因は、例の大分の不正採用試験関連です。

 疑問に思うのは、あの事件の後、いくつかの地域の教育委員会が、本人に通知する前にもかかわらず合否の結果発表の前に、議員や委員会OBからの問い合わせに答えていた、と報道機関からの質問に答えていたのに、大分以外に不正採用の事例が出てきていない、という点です。なんにも関係ないのに委員会に問い合わせる訳がないでしょう。口利きして気になったから問い合わせしているに違いないのです。

 私自身も経験があります。10年くらい前、K県の採用試験を受験して、残念ながら2次試験で不合格になってしまいました。当時は世間的にも教員採用試験的にも超氷河期の時代です。それからしばらくして、私の家に知り合いで議員の秘書をしている方が挨拶回りに来られまして、「仕事どうしてるの」「いや〜、採用試験落ちたんですよ」「なんだ、言ってくれれば口利いたのに」なんて言われたこともありましたし、また以前仕事したK市で、「採用試験2次で落ちるんですけど、面接のコツって何ですか?」「あぁ〜、大きな声じゃ言えないけど、コネだよ、コネ」なんて話をされたこともありました。地方でよく聞くのは、臨任やった学校の校長が委員会に力のある人だと、翌年の試験で採用させてくれる、なんて話です。

 どれも違う地域の話ですが、不正採用で名前は出て来ないですね〜。(大分以外出てないんだから当たり前か。)所詮教育委員会だってお役所、隠ぺい体質は変わらないんですな。私の場合更に他にも不信感の原因はありますが。(200810.25.の記事”バトル”)

 まぁ、これも考え方なのかもしれないですけどね。都合よく民間風に言い換えれば「人脈」ですからね。それに私の推測ですが、地方にいけばいく程「親の跡を継ぐ」ってのは美徳化される傾向にありますから、そういう意味で親が教員で子供が採用される、なんてのもあるのかもしれません。地方ほど公務員の公僕意識なんて薄いみたいですから。

 あ〜、やだやだ。確か「公務員が腐敗したらその国は終わりだ」みたいなことをサッチャーさんは言っておられましたな。正義なんて存在しないんですかね。ではまた。

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やってはいけない臨時的任用職員?

 朝雨が降ったせいか(?)、今日は暖かったですね。しかし、明日からはぐっと冷え込むそうです。私は寒いのが苦手なので、今から気分がブルーです。

 先週通院した結果が徐々に出てきております。非常に芳しくありません。3つの内、2つがダメでした。一方はブランクがある分、営業力に疑問が…ということで、もう一方は営業マンっぽく自己顕示欲が強く、人間関係で衝突する可能性がありそうだからということで不採用になりました(つд⊂)エーン 結局どっちにしても中途半端ということでしょうか… こうなったら思い切って、以前と同じように離職率が高くて会社の評判も悪いけど高い給料をくれるところにするか、はたまた会社の評判は悪くないけど仕事きつめで給料も安い、すぐに採用してくれそうなところにするか… どっちも嫌だ〜っ!

 さて、昨日の「クローズアップ現代」の話をしようかと思いますが、内容的には教育現場で非正規雇用の先生(非常勤・臨任)が増えている。この人たちは身分も安定せず、また収入も不安定である。国は財政削減を押し進めているが、教育に関してはきめ細かな教育をやる方針にしており、教員を増やさなくてはならないため、そうなってしまっている。さらに地域によっては非正規教員が確保できないところもある。逆にお金のあるところでは囲い込みに近いこともやっている、というようなことでした。

 今まで非正規雇用の教員に関して注目したメディアはなかったので、さすがは「クローズアップ現代」!と思いましたが、一点、私の経験上、若干足りないなぁと思う部分がありました。

 それは何かと申しますと、さっき「さらに地域によっては非正規教員が確保できないところもある。」と書きましたが、これは少し違っていて、「確保できない」ではなくて「管理していない」のです。

 どういうことかと申しますと、多分ほとんどの地域では、臨任・非常勤の登録は教育委員会が受け付けていて、登録をした人に仕事があれば紹介することになっており、登録は一度しておけばずっと有効ということになっております。

 しかし実際には、教員の補充が必要になった場合は直近の人から探しているのが現状で、一年くらい前だったり、またはそのときの都合で(他の地域と掛け持ちしていたりして)断った場合には忘れ去られていきます。

 昨年の私がそうでした。昨年勤務した学校は6月からだったのですが、私には委員会からではなく、紹介で話がきました。じゃあそこの教育委員会にいつ登録を入れていたかというと、その前年の四月です。登録を入れた直後、ある学校の話を頂いたんですが、正規と同じだけ働いて待遇も同じ臨任ということで、いい話だったんですが、家から通勤に片道2時間以上かかるので、断らざるをえませんでした。(有期雇用でこの通勤時間ですとかなり厳しいです。)

 で、その後は連絡一切なし。昨年勤めた学校も、委員会に何度も問い合わせをしたそうですが、いつも「いない」という返事だったんだそうです。結局ひょんなことからその学校が私のことを知ることとなり、結局縁あって勤めることになったんですが、じゃあ委員会は何をしていたんだ、という話になる訳です。だって、私が登録したのはたかだか一年前なんですから。

 要するに、管理していなくて、探してないのです。別に学校が困っても、知ったこっちゃーありません。「なんとかしろ」で終わりです。登録入れた側にしたって、「どこどこで欠員が」なんて情報知りませんから、動きようがありません。こまめに連絡を、といっても、現実問題委員会だって人数少ないのにそんなたくさんの人間を相手にはできません。電話しても「機会があれば」でおしまいです。

 しかしよく考えてみれば、これは「個人情報の管理を全然していない」ということを意味してます。臨任・非常勤なんて所詮使い捨て、「その場しのぎで見つかればいいや」的な発想以外の何ものでもありません。

 実際やった感想として、臨任・非常勤なんてやるメリットはありません。経験積んだり実績をあげたからといって、採用試験で特に優遇されることはないのです。経験者枠は確かにあります。ですが、優先して採る訳ではなく、試験の種類が異なるというだけです。むしろ、一般の筆記から受験した方が倍率は低いでしょう。もし早く正規の先生になりたいのなら、現場で経験なんか積まずに採用試験対策の予備校に通う方をお勧めします。

 もちろん経験を積んだ方が、正規採用された後で苦労の度合いが全く違うでしょう。ですが、肝心の採用には結びつきません。結びついてしまったら却って「口利き」と言われちゃいますから。ちなみに教員を諦めて民間で就職する際にも臨任・非常勤は不利です。教員と公務員は「数字意識がないから」とか「頭下げられないから」という理由で、かなり嫌われております。現在かなりそれで手こずっております。

 もちろん、仕事そのものは最高に楽しいですよ。ですが、人生的にはやる価値は低いでしょう。採用試験合格するまで臨任・非常勤を続けるしかなくなってしまうんですから。継続して話が来るならいいですが、そうも都合よくはいきませんですしね。隠れワーキングプアーの温床です。今までどこの学校でも同じ立場の先生がたくさんいましたが、年金払ってないとか健康保険入ってないとかそんな人はザラにいます。学校で事故にあっても病院にもいけないのです。

 学校って本当におかしなところですよね〜。というより委員会か… いや、むしろ国か?なにはともあれ、早く金欠病治らないかな〜。そしてドンドン愚痴っぽくなっていく。トホホホ…(´Д⊂グスン ではでは。

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寒う〜

 今日は非常に寒かった(;´Д⊂ 私寒いのは大の苦手です。結局一日ほぼなにもせずに過ごしてしまいました(;;;´Д`)ゝ 冬眠でございますヾ(_ _*)ハンセイ・・・

 さて、昨日感想書くつもりだった神田高校事件の話をしようかと思うんですが、神奈川県の神田高校で、見た目と態度で生徒を選んでた、というお話でございます。私自身は別にそれは悪いことじゃなく当たり前だろうと思ってますし(なぜなら受験指導でそういうことは伝えますから)、世間的にもそういう意見が多いようですが、教育委員会の判断では、そういう基準があることを公表してなかったことが問題であって、そのために校長を更迭した、ということになっております。

 その前に、神奈川県独自の高校入試を考慮に入れておくことが必要です。基本的に前期・後期と別れてまして、前期は内申書と面接、後期は内申書と筆記試験ということになっております。つまり、生徒にすれば2回チャンスがある訳です。昔に比べて面接重視、人物重視になっております。逆にいえば、選ぶ方にはそれなりの眼力が、受験者側には落ち度のないマニュアル化された面接テク(いいところをアピールして悪いところを隠す)が必要になります。結局どうなるか。駆け引き、悪くいえばキツネとタヌキのバカし合いの場になって、採用してみないとわからない、宝くじみたいになってしまいます。

 今回は「見た目で選んでたこと(正確には試験時間以外にも願書提出とか休み時間の様子も選考に入れてたこと)」ばかりが話題になってますが、例によって事後処理でよくわからないことをしていたことが気になりました。まず、基準を満たしていたのに不合格にされた生徒への対応です。「希望があれば入学を許可する」などと発表しておりましたが、2004、2005、2007年度入試ということは、2004年度入試なんてもう当事者の生徒は高校を卒業してしまっている年齢です。また編入にしたって手続きはかなり大変です。要は「どうせ来ない」とタカをくくって、口だけでそういっているのが見え見えです。

 また、「公表していなかったことが問題」というのもそのこと自身問題ではないかと思われます。じゃあ公表すればどこの学校でも「見た目や態度で選んでよい」ということなのでしょうか。どこの学校だって荒れてる生徒は欲しくないのです。そんなことを基準にして公表したら、返ってわからなくなってしまうでしょう。学校という閉鎖的な世界に生きてきた先生方に、そんな簡単に人を見る目が身に付くとも思えません。

 それにそもそも、いくら義務教育ではないといっても、思春期でちょっと寄り道している生徒を全うな道に戻らせるのが教育の本質ではないでしょうか。校長先生が学校をよくするために頑張る。それは当たり前ですし、今回の行動も納得できますし、とても大変な仕事だったと思います。

 しかしそれに対して委員会はどれだけバックアップしたのでしょう。生徒指導のできる、エース級の先生を人事でまわすとか、面接や採用にあたっての研修などのことをしたのでしょうか。推測するに、多分やっていないでしょう。立て直しを全て校長に丸投げにしていたのではないでしょうか。今回の事件に該当する生徒はどうせ「入れてくれ」なんて来やしない、しかし世間的に立場というものがある、じゃあ校長の首を飛ばせばいいや、と軽く考えているのです。だから本質なんて気にもしないで、無責任に「公表してないことが問題」なんて、簡単に言えるのです。

 今回の事件はなんだか感情論的な話に流されてますが、相変わらず委員会の対応はおかしいです。よく考えるとどうも腑に落ちない。私の言いたいことは、原因を個人のせいにして済ませているけれども、ひょっとして組織や仕組み、またはその運営に問題があるんじゃないかってことです。人のせいにして済ませていれば楽ですが、しかし問題の根本解決にはならないと思います。まぁ解決する気もないし、とりあえず嵐が通り過ぎればいいんでしょうけどね。

 あぁ、結局また批判がましくなってしまった…ヾ(_ _*)ハンセイ・・・ 今日は香港株が高騰したからその話も触れようと思ったのに(ノ∀`) アチャー でも、極々特定の人しかこのブログをみてないと思ってたら、いつも教育ネタのときだけわずかながらアクセス数が増えております。それだけ関心が高いんですな。まぁまた、なにかあったら書きましょう。ではまた。

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府知事V.S教師

 昨日言おうと思っていた話で、大阪府の橋本府知事が教員とバトルした記事がありました。
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-29307/1.htm

 私に言わせてもらえば、どっちもどっちです。知事がいうことは半分合ってて半分違うと思います。まず違うのは、どこぞのおバカな元国土交通大臣が主張したような「日教組が教育をダメにしている」発言です。地域にもよると思いますが、そもそも日教組にもうそんな影響力はありません。特に若い世代の先生は「組合」の存在意義が理解できていないでしょう。(そういう人を選んで採用してるのかも。)ま、私は関東の住民ですから、関西地区が強いのかどうかはよくわかりませんけども。学力が低いのも、日教組ばかりが原因とも思えません。そもそも教育の方針は国や教育委員会の影響力が大きいんですから、むしろそちらの方が責任が大きいのではないかと思います。


 じゃあ何が合ってるかと言うと、まず話を聞かない。教師は人に話を聞かせるのが仕事ですから、自己主張はしますが聞くことの大切さはわかってない人が多いです。また、自分達の権利ばかり主張して、義務を果たさない方も多いです。義務っていうのは、例えば「学級経営はこうあるべきだ。」なんてことを学級崩壊起こしている先生が平気で言ったりします。「意見を言う権利がある」から言えるのです。自分はできないのに人には言うのです。権利と義務は表裏一体のはずなんですがねぇ。


 また、もっと根本的な問題もあります。学校と言う場は、子供たちが将来社会に出ていったときに使う基礎的な知識を学習するところだと思うのですが、じゃあ学校の先生方に「あなたが教えている内容は社会で役に立ちますか?またどう役立たせるんですか?なんのためにこれを勉強するんですか?」と質問して、一体何人が明確かつ具体的に答えられるでしょう?「歴史の勉強は何のため?』「数学で習う公式は何に使う?」「国語で古文はなんでやるの?」「なんで日本人なのに英語なんて勉強するの?」等々、誰でも一度は疑問に思ったことがあるでしょう。


 それに、「義務教育だから」「国が決めたから」「学校でやることになってるから」なんて答えたら、生徒は興味も持たないし、実感も湧きません。ただゲームやったり新聞作らせたりしたって、身にはつかないし、ハッキリ言ってつまらないです。ためになることがわからないんですから。

 で、知事とバトルした大阪の先生で、一体何人さっきの質問に答えられるでしょう?それに、仕事から逃げているとしか思いません。離婚率が高い?低所得者が多い?そこの子供たちに夢と希望を持たせて励ましてあげて、勉強をがんばらせて立派な人間にするのが教師の仕事ではないですか?ハッキリ言って言い訳なのです。できないことばっかり理由にする。「言い訳とは、責任を自分以外の原因に転嫁させることだ!」と、営業マン時代に毎日読まされた「プロフェッショナルへの道」にありました。数字意識というか、義務感がないからヤル気というか、あがく気がないのです。知事が「どんな理由があろうと全国に比べてかなり低い。私には子供たちの学力を上げる責任がある」と訴えたのは、間違いなくその通りです。

 現状に対する認識の甘い知事、及び仕事意識が低い教師、だからどっちもどっちです。もっとも、一番損するのは子供たちだということだけは明確ですが。二番目は将来そういう人間を雇わなくてはならない企業でしょうかね。あ、最悪な人を忘れてました。例の○山元国土交通大臣です。あんたそんなこという立場じゃないだろ。

 いや〜、よ〜く考えれば考える程、教育問題は根が深い。ヅガンの泥沼にはまってますな。私の株のヅガンの方がヒドイか。ではまた。

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バトル

 さて、この誰も見ていないことを前提に書いているブログをたまたま(?)発見してしまった方は、やたらと教育関連の話題が多いことにお気付きでしょう。金融関連も多いですが、こちらは毎日大量にニュースでやっているので、人並みだと思われます。

 教育、特に教育委員会に批判がましいことを言っておりますが、別に何か恨みがある訳ではございません。ただ、ただよくわからない対応をされることが多いので、疑問を感じることが多いだけなのです。

 以前こんなことがありました。あれは2005年の4月、当時臨任をしていたY市で「今年度から臨任も研修をやるから」ということで集められました。集まったのは500〜600人くらいでしょうか。で、その日のテーマが「教職員の不祥事について」でございました。

 ま、その内容と言うのが、最近不祥事を起こす教員がいて委員会は迷惑を被っている、飲酒運転などはもっての他、未だ体罰をする者もいる、個人情報を外に持ち出して無くしてしまって問題になっている、だからあなたたちはそんなことはするなよ、というような内容だったと思います。

 おっしゃってることは間違いない、全くその通りで、そんなことをしてはいけないというのは充分わかるのですが、しかし何かがおかしい。研修の終わる頃には周りも少しひそひそし始めました。

 で、そんな話が一時間半ほど続いた後、質問タイムとなりました。そこで、私は思い切って手を挙げまして質問しました。

 「おっしゃってることはよくわかるし、委員会もご苦労なさっているということはわかるんですが、しかしそもそも教員というのは誰でもがなれる訳ではなく、わざわざ試験をして面接をして、選ばれてなるのであって、ということは委員会にも任命権者としての責任はあるのではないでしょうか。民間は社員の不祥事の責任を上がとります。また、体罰がよくない、大きな問題であることは承知していますが、では学級崩壊がこれだけ問題になっているこの現状をどうお考えですか。初任の先生が起こすのならいざしらず、ベテランの先生まで苦労されているではないですか。また、個人情報の紛失も、確かに甘い認識で持ち出されている方もいらっしゃると思いますが、現在の観点別絶対評価の中で、評価基準も示されず、しかもそんな中で各先生工夫して授業され、その分仕事が増えて自宅に持って帰ってまで仕事をしなければならないこの現状を、委員会はどう考えていらっしゃるのでしょうか。」

 こちらとしては別にケンカを売ろうなんて気はさらさらありませんでしたし、間違ったことを尋ねたつもりもありません。現場のことを考えて欲しかっただけです。質問が終わった途端、会場からいくらか拍手を頂きましたので、他の方も同じようなことを感じていたのではないでしょうか。

 では、それに対して研修を担当した教育委員会人事課の方はなんと答えたか。「こちらは議論する場ではありませんので、コメントは控えさせていただきます。」以上。会場シラ〜ッ。「他に質問がなければこれで終了にいたします。なにかあればアンケートにご記入下さい。なお、アンケートは出席簿も兼ねてますので、必ず名前を記入してお出し下さい。」そして、その方は私をずーっとにらみつけておりました。にらみかえしてやりましたけどね。

 研修が終わった後も、何人かの方が私のところへ来まして、「よくぞ言ってくれました!」
と感謝されました。質問に答えてくれなかったので、アンケートにも同じことを書いて出しましたが、もちろん返事はありません。そもそもアンケートに名前を書かせること自体がおかしいじゃないですか。

 その後職場に帰ったら、一部で勇者と讃えられました。讃えるんだったら正規の先生が言ってやってくれよ、と思いましたけど。

 ちなみにその後どうなったか。翌年Y市から私に臨任の話は来ませんでした。いや、正確に言うと6月下旬に来ましたが、残念ながら断らざるをえませんでした。一応3月の終わりと4月の最初に委員会に電話して臨任の口がないか聞いたんですが、「待ってて下さい。」の一点張り。こっちも生活があるので、4月中に話がなかったためやむをえず5月から他所で非常勤講師をやることにしてしまいました。市の担当者は「そうですか、また機会がありましたらお願いします。」といって、それっきりです。採用試験も、その年と翌年Y市を受験して1次試験は通ったんですが、2次試験で落ちました。(まぁ、関係はないだろうと思いたいですが。)その後は他地域を受験しておりますが、未だ受かりません。なので、年齢も年齢だし実力もないんだろうし現場で実績作っても関係ないみたいだし教員しか経験ないわけじゃないし、ということで仕事を探している訳です。かなり苦労してますが。

 結局教育委員会ってところは自分たち中心なんだな、というのが私の感想です。子供たちや先生たちのことは考えていないんじゃないかと疑いたくなります。夏から話題になっている大分の教員採用試験不正採用事件でも、委員会の対応っておかしいですよね。不正に採用したのは自分たちなのに、採用された側の首を切ってそれで事件解決にしようとして、自分達の責任は給料ちょっと削って終わりじゃないですか。一番の加害者のくせに!富松審議監への処分なんて、あんな対応と罰では処分なんて言いません。

 私は通算で4年くらい学校現場にいましたが、まだまだおかしいと思うことはたくさんあります。(僕の個人情報の扱いだってどうなっているんでしょう。)別に恨みとかじゃなくて、そんなことで振り回される子供たちと先生方がかわいそうなだけです。会社だってそうですが、やっぱり組織がしっかりした方針と対策を持たないと、ただ徒に疲弊するだけです。またそのうち書きます。ではまた。

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ロリコン?

 今し方のニフティのニュースにこんな記事が載っておりました。

教師はなぜロリコンに走るのか?
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/gendai-05018915/1.htm

 内容は記事を読んでもらえばいいと思いますが、ま、多分教師は聖職者だというイメージがあるからこんな記事を書くのでしょうが、私の感想としては、心理的にどうというよりも、多分採用する側がそういう人たちを選んでるのだ、とさえ思ってます。

 というのも、現在格差社会が広がっている、なんて言われてますが、昔の職場である人が言っていたのですが、今のこの格差社会というのは意図的に作られたのだ、「ゆとり教育」がその典型である、その証拠に官僚や政治家は自分達の子供を公立ではなく、「ゆとり教育」と関係ないエリート教育を施す私立に入れている、なるべく一般庶民はお上の言うことをきくように「ゆとり教育」という名の下におバカに育てよう、そして自分達の家族は未来永劫特権階級の身分を保障するのだ、とのことでした。

 まぁ「そんなバカな。」で済ませてしまうのは簡単ですが、ここ10年くらいの政治の流れを考えると、これだけ弱い者いじめをし続けているのは明白なのですから、残念ながら笑えない状況にあるのではないでしょうか。ひょっとして最近の「おバカブーム」も、意図されたものなのではないかと勘ぐってしまいます。

 もちろん大多数の先生はそんなことは全くなく、「育てよう」という意識の下頑張ってらっしゃるのですが、この視点で考えれば、こういう教師が最近増えてきているのは多少納得できるのではないでしょうか。

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指導力不足

 今日は前任校にお呼ばれして、学校行事をみてきました。

 私は所詮過去の人間なので、長居すれば無駄な騒ぎになるかなと思い、所属学年の発表終了後、何人かの先生に挨拶だけして帰りました。

 帰り際、何人かの生徒に見つかってしまい、「先生!」と集まってきてくれたのはちょっとうれしかったですね。ただ、あくまで私は部外者になりますんで、あまり関わり合いにならないようにしておきました。

 なぜこんなことを言うかというと、私の後任がどうも評判が悪いらしく、以前非公式に「戻ってこないか?」と打診があったのです。しかし、これは正直おかしな話です。そもそもそんなことを言うのなら、昨年度のうちになぜ私に継続の話を持って来ないのでしょう?形の上では、「やりますか、やりませんか?」という話さえなかったので、私の意志に関係なく、「任期満了で退職」となっております。委員会だか管理職だか知りませんが、私ではなくてその人を選んだんですから、その人をどうにかするのが上司や管理職の仕事でしょう。ダメだから切る、なんて、本当に都合がいいというか、使い捨て感覚丸出しの扱いです。私自身は結局今現在でも就職浪人しているわけですが、正直こういう扱いをする教育委員会は好きになれません。で、「帰ってきて」と万が一いわれたら面倒なので、そそくさと帰りました。

 ついでに、今日の新聞で「指導力不足教員が昨年度全国で371人いた」という記事を読みました。8割が40〜50代で、そのうちの7割が男性教諭だそうです。

 指導力不足教員そのものはここ数年問題となってますが、一方で採用試験の頃になると、特に大都市圏で採用試験の倍率が下がり、優秀な教員を集めるためのレベルが維持できないのでは、といった話題も目にします。ここで思うのは、そもそも優秀な教員ってどんな人材なのでしょう?わざわざ選んで採用してる割には問題が多いような… さっきの指導力不足の件にしろ、最近教育関連の「問題」ってそもそもなにが問題なんだか曖昧なものが多いと思いませんか?

 さっきの指導力不足教師の件で言うと、それは1、「威厳がなかったり教えることができなかったり、そもそも教師としての資質のない人がいけない、もしくはそんな人材を現場に置いていることが問題」なのか、はたまた2、「仕事に対する意欲・向上心がなく、いつまでも同じ内容・方法で授業をしていることが問題」なのか、または3、「最初は普通の先生だったがあまりに仕事環境がきつくて耐えられず精神的に病んでしまって能力が下がったことが問題」なのか、よくわかりません。そもそも、問題と言うからには、一体誰に投げかけていて、誰を責めているのでしょう?

 もし1と2が問題なら、これは責めるべきはむしろ教育委員会ではないでしょうか。教員はちゃんと試験を受けてて、何度も面接をして採用されているのです。つまり教員に対する監督責任は任命権者である委員会にあるはずです。てことはつまり採用の仕組みや方法に問題がある、平たく言えば委員会に人を見る目がないのです。ですが、委員会がそんな人材を採用した責任を感じているなんて話は聞いたことがありません。これ以外にも飲酒運転やわいせつ行為などで教員の不祥事なんかが話題になったりしますが、民間だったらトップが責任を取ったりしますが、委員会が謝ったなんて話はありません。大分だってそうじゃないですか。一番の被害者は子供たち、なんていけしゃあしゃあと言ってますが、じゃあ加害者は誰なんですか?不正採用された教師ですか?彼等だってある意味被害者でしょう。そもそも、採用する側が口利きがあったからって無視すればいいだけのことでしょう?一番の加害者は委員会のはず。それを不正採用された人を取り消し、つまり彼等に責任を押し付けて、自分達はちょっと給料減らしておしまい、なんて無責任きわまりない、おかしいですよ。(委員会の責任については私も実は嫌な思い出があります。不祥事起こしたんじゃないですよ。それはまた今度。)

 もし委員会側に問題があるのだとしたら、委員会側が考え方を改めない限り、今後もこうした教員の不祥事がなくなることはないでしょう。ただ、私も現場にいて、委員会が問題意識を持って一生懸命指導したとしても、現場の教員の意識が低いケースがあるのも確かです。民間じゃないですからね。「ちょっとくらい大丈夫だろう。」は正直あります。表立ってはいませんが。

 また、2の場合は考慮しないといけない点もあります。さっきの指導力不足でいうと、文科省は「環境の変化に対応できなくなっている表れでは」とかいってますが、そもそも環境の変化って、つい先日文科省自身が訂正した悪名高き「ゆとり教育」の枠組みの中での話ですよね?てことは、穿った見方をすれば実際には昔ながらの高い学力を与える授業をしてたかもしれないってことですよ。以前噂で聞いたのですが、私立の学校で定年過ぎた先生に来てもらって、「20年前の授業をやって下さい。」とお願いすることもあるのだそうです。理由は「その方が学力が伸びるから。」なんか変ですよねぇ〜。

 3も実は最近増えてきてるようです。そうだとしたら今度は仕事のあり方そのものになるので、国が動かないと無理でしょう。実際現場はやることが多くて疲弊しています。授業にしても評価方法にしても、方針がコロコロ変わるので大変です。例えば、私が経験した中学校を例にとると、今年度は国の方針で体育の授業を増やしました。しかし、全体の授業数が増えた訳ではないので、そのしわ寄せは他教科、特に技能系に行きがちで、授業のコマが減らされるとその分成績・評価が大変です。優先されている主要5科目にしたって、どこの学校も年間105コマをこなすことになってますが、実際できている学校は多くないのではないでしょうか。少ないコマの中でやるべきことをやるために工夫しなければならないので、かなり大変です。且つその他対外的なことや研修など、やることは山積みです。保護者や地域への対応もあります。本当に仕事は多いです。

 本来教師って、素晴らしい仕事ですよ。希望する人はたくさんいますし、私も実際やってみて、本当にやりがいのある仕事だなぁと思っております。ただ、何かが変です。営業マン時代に比べて、雑用というか、専門(教育)以外の仕事が相当多いです。「想像してたのと実際は違うんだよ」というレベルを越えております。先生って本当にかわいそう。

 思いっきり長々と書いてしまいました。教育関係、特に委員会の人が見ていないことを祈ります。もしこのブログをみて情報で不正確なのがあったら教えて下さい。結構記憶違いがあり得ます。ではまた。

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テスト結果公開

 昨日から始めたブログ。誰も見てくれないことを前提に書くと、結構言いたいことが言えて良いですな。

 

朝新聞を読んでいたら、大阪府が学力テストの結果を公開するそうな。

 文科省や教育委員会や学校サイドは「序列化が進む」「学校間格差が」とかなんとか言ってあまり乗り気でないようだが、2、3年くらいはゴタゴタするかもしれないが、そんな大した問題は起こらないと思われます。

 よく考えてみれば、学校の学力って教師の力による部分が大きいと思うのですが(もちろん地域の経済力もあるけどね。お金持ちが多いと塾に通う子も多いだろうし)、その先生方って結構異動が多く(私がいた地域は6年間が基本だった)、ある学校が成績が良かったからといっても、それを担っていた先生が異動してしまえば、その学校がその成績が維持できるかはわからなくなってしまう。だから序列化っていっても、本来は学校に対する序列じゃなくて、教員に対する成績の問題になるはずでしょう。

 じゃあなぜ乗り気でないかと言えば、要は自分の成績を公開するのが嫌なのだと思われる。正直現場にいて、教育って言う仕事が数字で全てを判断するのには向かないというのは実感としてあるが(そもそもそんなたかが一回のテストでそんなことを判断するのもおかしいと思うし)、ただ教育現場に民間のような数字意識が欠如しているのもまた感じておりました。私も営業マンをやって数字に追われる恐怖を経験したからわかりますが、すくなくとも「数字を上げる」ということの緊張感が、自分を大きく成長させるのはまぎれも無い事実です。「数字を上げる」ことの裏には、自分の生活、昇格、さらに部下やその家族の生活や未来まで関わってくるのであって、その大きなものを背負う重圧が自分を成長させるのです。

 残念ながら今の教育現場には、「授業をよくしよう」「わかりやすくて楽しい授業をやろう」「みんな仲良くやろう」という気持ちは感じられるが、「子供の能力を伸ばしてこいつの人生をでっかいものにしてやろう」という感じは薄いと思われます。ご自分の教師としての腕前を上げることには興味あるようですが、自分中心で子供に眼が向いてない人が結構いらっしゃいます。もちろん、「子供は伸ばすものだ!」と信じて全力を尽くしている先生方もたくさんいらっしゃいますが、目先の評判ばっかり気にして(最近保護者やマスコミ、委員会は神経質になってますから)、肝心の「育てる」方に気が向けない方がいるのです。だから、子供のいやがることはあまりやらせない傾向があります。これじゃ〜いけないと思うんですよね。だって、誰でも「あのときは嫌だったけど後から考えたら役に立ってるなぁ」なんてこと、いっぱいあると思うんですよ。走るのだってそうだし、数学で問題いっぱい解いたり、英語で同じことを何遍も繰り返して覚えるのもそうでしょう。

 なんだか、もっと意識を変えなきゃいけないと思うんですよ。特に役所や委員会の偉い人。この人たちについてはまた別に書こうと思ってます。なにせ、いろいろあったので。

 ではまた。

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